2008.01.30 (Wed)
名作で見るVOCALOIDの歴史0
「名作で見るボーカロイド(初音ミク)の歴史」では、ニコニコ動画におけるボーカロイドブームの成り立ちに関わった作品を紹介してきました。今回はそれより以前、初音ミク誕生前のVOCALOIDが辿ってきた歴史を知る事ができる動画を、番外編として集めてみました。
範囲としてはVOCALOID誕生からニコニコ動画のスタートまでですが、書いている自分もこの期間のことは直接見てきたわけではないので、「初音ミクwiki」やVOCALOIDスレ過去ログなど様々な資料を参考にさせてもらいました。もしかしたら説明に不正確な部分もあるかもしれませんが、まあ番外編なので申し訳ない。動画紹介が主ということで。
VOCALOIDは画期的な歌声合成技術ですが、そのルーツとなる合成音声自体の歴史はかなり古く、原始的なものは1000年以上前から記録があるそうです。コンピューターを使ったものでは1950年代には開発されていて、その時すでにオペラ歌手の声を元にした合成音声による歌唱も行われていました。人間の声を合成して自由に喋らせる技術は、それだけ長年の夢だったのです。
しかし、YAMAHAの開発した「VOCALOID」は用途が歌唱に限定されていて、性能は高いものの上手く歌わせるには手間も熟練も必要で、すぐにプロの歌手に取って代わるようなものではありませんでした。そのため、あくまで一部愛好家の間で人気のDTMソフトに留まり、発表の場や聞き手は限られていました。
ブームと言えるほど知られるようになるには、キャラクター性に着目した新機軸の「CVシリーズ」と、様々なジャンルの創作動画と視聴者が集まり、視聴者同士の交流を重視した動画投稿サイト
「ニコニコ動画」の誕生を待たなければなりませんでした。
春よ来い by PLG100-SG
国内トップブランドの楽器メーカー「YAMAHA」が、1997年に発売した人間の声を合成して歌わせるシンセサイザー音源が「PLG100-SG」です。音源モジュール(鍵盤の無いシンセサイザー)の拡張ボードとして発売されました。
伝統的な楽器だけでなく電子楽器の分野でも最先端だったYAMAHAが作り出した歌声合成シンセサイザーですが、聞いて解る通り、この当時の技術ではまだかなりの機械声になってしまっています。音の繋がりは不自然で、歌詞も聞き取りづらく感じます。
それでも、当時のDTM愛好家達にとっては衝撃的な音源だったようで、今でも所有している人は
結構いるようです。ニコニコ動画にもいくつかPLG100-SGに歌わせた作品が投稿されていて、
機械っぽさがいい味になっています。これはこれで魅力的な歌声です。
この6年後にYAMAHAが「VOCALOID」を発表して歌声合成技術は注目を浴びる事になるのですが、このPLG100-SGはその直接のご先祖と言えます。
【プロトタイプ KAITO】 ヤマハが作ったデモソング『 君の噂 』(フル)
YAMAHAが、開発中の新技術「VOCALOID」を初めて発表したのが2003年2月の事で、そのときに
公開されたデモソングは、それまでの人工音声とはまったく違う人間のような歌声で反響を呼びました。これが後に、今までにない創作ブームを生み出すことになる新技術「VOCALOID」の歴史の始まりとなります。
このときに発表されたデモ曲は「Kimi no uwasa」「Amazing Grace」「さらさら雪景色」で、なかでもこの「Kimi no uwasa」の美しい歌声は、VOCALOIDに注目したDTM愛好家の間でも評判になっていたようです。
このデモの声の元は恐らく「風雅なおと」さん(KAITOの声の人)で、そのため後のKAITOの歌声とよく似ていますが、あくまで「プロトタイプVOCALOID」の歌です。開発段階ではこの風雅なおとさんの
他にも数人の歌手がVOCALOIDに音声を提供していたようですが、その中から風雅なおとさんと
拝郷メイコさんの声が選ばれ、VOCALOID「KAITO」「MEIKO」として製品化されることになります。
また、同じくプロトタイプに音声を提供していた歌手の一人である「比山貴咏史」さんの歌声データからは、後にVOCALOID2「氷山キヨテル」が生み出されました。
風雅なおとさんのインタビューによると、声の収録はVOCALOID自体の開発と共に試行錯誤しながら一年間に渡って行われたそうです。後のVOCALOID2「初音ミク」の収録は2日間で合わせて6時間なので(それでも大変ですが)、プロトタイプの収録は大変な作業だった事がわかります。
ちなみに、この初代デモ曲のうち英語のポピュラーな賛美歌のカバー「Amazing Grace」は、
VOCALOID2巡音ルカのデモ曲としても使用されました。
【VOCALOID遺産】あの素晴らしい愛をもう一度
2003年7月24日に発売された「Logic System」(松武秀樹)のベストアルバム「History Of Logic System」収録の一曲で、まだLOLAすら発売されていない時期のプロトタイプVOCALOIDをメインボーカルに使用した曲です。
現在、初音ミクやVOCALOIDが歌うCDのメジャー発売やプロとのコラボは珍しくなくなっていますが、メジャーCDに収録された最初のVOCALOID曲は正式発売前にまで遡るこの曲になるようです。
名曲「あの素晴らしい愛をもう一度」をカバーしたVOCALOID男女デュエットで、男声は風雅なおとさん、女声は拝郷メイコさんに聞こえるので、プロトタイプの「KAITO」と「MEIKO」の歌声なのかも知れません。
このころからすでにデュエットしていたKAITO&MEIKOと歌の内容にイメージを刺激された「オクラP」によって、プロトタイプの二人をテーマにしたPV作品も作られています。
ファユ(゚∀゚)ファユ
2004年3月、世界初の正式VOCALOID製品である「LEON」「LOLA」がイギリスの「Zero-G」社から発売されて、その日のうちに2chVOCALOIDスレに投稿された作品です。東方曲「おてんば恋娘」のアレンジを「LOLA」に日本語で歌わせたもので、これが今でも残っている中では最古の、ユーザーが発表したVOCALOID作品と言われています。動画タイトルは「冷や冷や」という歌詞の空耳で、正式名の「おてんば恋娘-Vocaloidver-」として東方アレンジCDに収録されて同人販売もされています。
入手した直後であり、英語ボーカロイドに無理やり日本語を歌わせているのでほとんど歌詞が聞き取れないですが、この作品がこれから始まるユーザーによる試行錯誤の第一歩となりました。
この曲の作者はニコニコ動画でも曲を発表していて、後に「おてんば恋娘-Vocaloidver-」の再アレンジバージョンも自ら投稿しています。また、ワンカップPが新VOCALOIDが出るたびに好んでカバーすることで、ボーカロイドファンにも有名な曲です。
YAMAHAが国内で開発していた新技術「VOCALOID」の製品を海外のZero-G社が真っ先に発売したのは、開発中のVOCALOIDに注目していたクリプトン社が仕事で付き合いのあったZero-GをYAMAHAに紹介したのがきっかけでした。元々VOCALOIDは日本語用と英語用が同時に開発されていて、当初はLEON・LOLAとMEIKOは同時期に発売される予定でしたが、MEIKOの開発が遅れて発売日を延期したため、LEON・LOLAが世界最初のVOCALOIDになったということのようです。
→東方VOCALOIDについては「ミクが歌う幻想郷・東方VOCALOID」へ
→海外のVOCALOID製品については「海外製のボーカロイドたち」へ
メイコにオリジナル曲【Close My Eyes】を歌わせてみた
世界初のVOCALOID「LEON」「LOLA」に続いて有名アーティストを採用した「MIRIAM」が7月にZero-G社から発売され、さらに4ヵ月後の2004年11月、ついに日本語VOCALOID第一号の「MEIKO」がクリプトン社から発売されました。それまでの3本のVOCALOIDとは違いオリジナルキャラクターのイラストパッケージで売り出されたMEIKOは、その性能の良さや値段の安さもあり、年間で1000本売れればヒットと言われる市場で初年度3000本を売り上げる人気ソフトとなりました。そして一年後の2006年2月にはMEIKOと対になる男声日本語VOCALOID「KAITO」が発売されましたが、こちらは当時男の歌声に需要がなかったためかあまり売れず、出荷で500本という厳しい結果に終わっています。このMEIKOの成功とKAITOの失敗が、後に初音ミクのコンセプトに繋がっていくことになります。
待望の日本語VOCALOID「MEIKO」が発売された事で、自作の曲をVOCALOIDに歌わせて発表する作者も増えていきました。この時期VOCALOID作品の発表の場となったのは、2chVOCALOIDスレの他には、主に「muzie」や「プレイヤーズ王国」といったインディーズ音楽配信サイトでした。作品数も決して少なくはありませんでしたが、これらのサイトはコアなインディーズ音楽ファン以外はあまり訪れないので、VOCALOIDの知名度アップやファン層の大幅な拡大には繋がらなかったようです。
この時期にVOCALOIDオリジナル曲を発表していた作者の中で今も活躍している人としては、ニコニコ動画ではMEIKOマスターとして知られる「shu-t(shu-tP)」さんがいます。shu-tさんはDTM歴の長いベテランで、主にmuzieにおいて女性クリエーター「kaya」さんとユニットを組んで「LOLA」「MIRIAM」「MEIKO」などを使ったVOCALOIDオリジナル曲を発表していました。この「Close My Eyes」もその一曲で、MEIKOを使って2005年5月にmuzieで発表されたオリジナル曲です。今聞いても最高レベルの調教で、当時すでにMEIKOを使いこなしていた事が解ります。
また、発売前に名前が公募されていたクリプトンの男声VOCALOIDに「KAITO」という名前をつけたのもshu-tさんでした。(賞品としてKAITOを貰ったはずですが、作風と合わないためか手放してしまったそうです)
karimono -メロディック妹メタル~妹ライン10/10~-
2006年12月(正式スタートは2007年3月)にスタートした動画投稿サイト「ニコニコ動画」には様々なジャンルの動画が大量に投稿され、その中にはMEIKOを使ったVOCALOID作品も含まれていました。
その中でも最古のVOCALOID(MEIKO)動画が、この「メロディック妹メタル」です。
作者はネット上で人気のあった同人ギタリスト「karimono」さんですが、ニコニコ動画ができるより前に活動を停止していて、この動画はYouTubeにアップされていた同人DVDの映像を別の人が転載したものです。
動画番号「sm6772」という最初期の動画で、色々と深読みできる歌詞と変則的な曲、作者本人によるギター演奏動画も付いた名作ですが、まだ「ボーカロイド」も「演奏してみた」もない時期だったので長く埋もれてしまっていた作品でした。
本人投稿の新作ではなく転載者のコメントに「VOCALOID」となかった事もあり、この動画が後のボーカロイドブームに直接影響を与えるような事はありませんでしたが、ニコニコ動画に最初に投稿されたVOCALOID関連動画として記念碑的な作品と言えます。
この後もニコニコ動画のMEIKO作品は徐々に増えて行き、人気アニメ曲やアイドルマスター曲カバーなどの新作が投稿されるようになると、歌うプログラム「VOCALOID」の存在がニコニコ動画上でも
(一部の間で)知られるようになっていきます。
初年度40000本以上を売り上げる事になる大ヒットVOCALOID「初音ミク」が発売されるのは、これからさらに半年後の事です。
→「名作で見る初音ミクの歴史1」へ続く
最終更新・2010/1/22
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範囲としてはVOCALOID誕生からニコニコ動画のスタートまでですが、書いている自分もこの期間のことは直接見てきたわけではないので、「初音ミクwiki」やVOCALOIDスレ過去ログなど様々な資料を参考にさせてもらいました。もしかしたら説明に不正確な部分もあるかもしれませんが、まあ番外編なので申し訳ない。動画紹介が主ということで。
VOCALOIDは画期的な歌声合成技術ですが、そのルーツとなる合成音声自体の歴史はかなり古く、原始的なものは1000年以上前から記録があるそうです。コンピューターを使ったものでは1950年代には開発されていて、その時すでにオペラ歌手の声を元にした合成音声による歌唱も行われていました。人間の声を合成して自由に喋らせる技術は、それだけ長年の夢だったのです。
しかし、YAMAHAの開発した「VOCALOID」は用途が歌唱に限定されていて、性能は高いものの上手く歌わせるには手間も熟練も必要で、すぐにプロの歌手に取って代わるようなものではありませんでした。そのため、あくまで一部愛好家の間で人気のDTMソフトに留まり、発表の場や聞き手は限られていました。
ブームと言えるほど知られるようになるには、キャラクター性に着目した新機軸の「CVシリーズ」と、様々なジャンルの創作動画と視聴者が集まり、視聴者同士の交流を重視した動画投稿サイト
「ニコニコ動画」の誕生を待たなければなりませんでした。
春よ来い by PLG100-SG
国内トップブランドの楽器メーカー「YAMAHA」が、1997年に発売した人間の声を合成して歌わせるシンセサイザー音源が「PLG100-SG」です。音源モジュール(鍵盤の無いシンセサイザー)の拡張ボードとして発売されました。
伝統的な楽器だけでなく電子楽器の分野でも最先端だったYAMAHAが作り出した歌声合成シンセサイザーですが、聞いて解る通り、この当時の技術ではまだかなりの機械声になってしまっています。音の繋がりは不自然で、歌詞も聞き取りづらく感じます。
それでも、当時のDTM愛好家達にとっては衝撃的な音源だったようで、今でも所有している人は
結構いるようです。ニコニコ動画にもいくつかPLG100-SGに歌わせた作品が投稿されていて、
機械っぽさがいい味になっています。これはこれで魅力的な歌声です。
この6年後にYAMAHAが「VOCALOID」を発表して歌声合成技術は注目を浴びる事になるのですが、このPLG100-SGはその直接のご先祖と言えます。
【プロトタイプ KAITO】 ヤマハが作ったデモソング『 君の噂 』(フル)
YAMAHAが、開発中の新技術「VOCALOID」を初めて発表したのが2003年2月の事で、そのときに
公開されたデモソングは、それまでの人工音声とはまったく違う人間のような歌声で反響を呼びました。これが後に、今までにない創作ブームを生み出すことになる新技術「VOCALOID」の歴史の始まりとなります。
このときに発表されたデモ曲は「Kimi no uwasa」「Amazing Grace」「さらさら雪景色」で、なかでもこの「Kimi no uwasa」の美しい歌声は、VOCALOIDに注目したDTM愛好家の間でも評判になっていたようです。
このデモの声の元は恐らく「風雅なおと」さん(KAITOの声の人)で、そのため後のKAITOの歌声とよく似ていますが、あくまで「プロトタイプVOCALOID」の歌です。開発段階ではこの風雅なおとさんの
他にも数人の歌手がVOCALOIDに音声を提供していたようですが、その中から風雅なおとさんと
拝郷メイコさんの声が選ばれ、VOCALOID「KAITO」「MEIKO」として製品化されることになります。
また、同じくプロトタイプに音声を提供していた歌手の一人である「比山貴咏史」さんの歌声データからは、後にVOCALOID2「氷山キヨテル」が生み出されました。
風雅なおとさんのインタビューによると、声の収録はVOCALOID自体の開発と共に試行錯誤しながら一年間に渡って行われたそうです。後のVOCALOID2「初音ミク」の収録は2日間で合わせて6時間なので(それでも大変ですが)、プロトタイプの収録は大変な作業だった事がわかります。
ちなみに、この初代デモ曲のうち英語のポピュラーな賛美歌のカバー「Amazing Grace」は、
VOCALOID2巡音ルカのデモ曲としても使用されました。
【VOCALOID遺産】あの素晴らしい愛をもう一度
2003年7月24日に発売された「Logic System」(松武秀樹)のベストアルバム「History Of Logic System」収録の一曲で、まだLOLAすら発売されていない時期のプロトタイプVOCALOIDをメインボーカルに使用した曲です。
現在、初音ミクやVOCALOIDが歌うCDのメジャー発売やプロとのコラボは珍しくなくなっていますが、メジャーCDに収録された最初のVOCALOID曲は正式発売前にまで遡るこの曲になるようです。
名曲「あの素晴らしい愛をもう一度」をカバーしたVOCALOID男女デュエットで、男声は風雅なおとさん、女声は拝郷メイコさんに聞こえるので、プロトタイプの「KAITO」と「MEIKO」の歌声なのかも知れません。
このころからすでにデュエットしていたKAITO&MEIKOと歌の内容にイメージを刺激された「オクラP」によって、プロトタイプの二人をテーマにしたPV作品も作られています。
ファユ(゚∀゚)ファユ
2004年3月、世界初の正式VOCALOID製品である「LEON」「LOLA」がイギリスの「Zero-G」社から発売されて、その日のうちに2chVOCALOIDスレに投稿された作品です。東方曲「おてんば恋娘」のアレンジを「LOLA」に日本語で歌わせたもので、これが今でも残っている中では最古の、ユーザーが発表したVOCALOID作品と言われています。動画タイトルは「冷や冷や」という歌詞の空耳で、正式名の「おてんば恋娘-Vocaloidver-」として東方アレンジCDに収録されて同人販売もされています。
入手した直後であり、英語ボーカロイドに無理やり日本語を歌わせているのでほとんど歌詞が聞き取れないですが、この作品がこれから始まるユーザーによる試行錯誤の第一歩となりました。
この曲の作者はニコニコ動画でも曲を発表していて、後に「おてんば恋娘-Vocaloidver-」の再アレンジバージョンも自ら投稿しています。また、ワンカップPが新VOCALOIDが出るたびに好んでカバーすることで、ボーカロイドファンにも有名な曲です。
YAMAHAが国内で開発していた新技術「VOCALOID」の製品を海外のZero-G社が真っ先に発売したのは、開発中のVOCALOIDに注目していたクリプトン社が仕事で付き合いのあったZero-GをYAMAHAに紹介したのがきっかけでした。元々VOCALOIDは日本語用と英語用が同時に開発されていて、当初はLEON・LOLAとMEIKOは同時期に発売される予定でしたが、MEIKOの開発が遅れて発売日を延期したため、LEON・LOLAが世界最初のVOCALOIDになったということのようです。
→東方VOCALOIDについては「ミクが歌う幻想郷・東方VOCALOID」へ
→海外のVOCALOID製品については「海外製のボーカロイドたち」へ
メイコにオリジナル曲【Close My Eyes】を歌わせてみた
世界初のVOCALOID「LEON」「LOLA」に続いて有名アーティストを採用した「MIRIAM」が7月にZero-G社から発売され、さらに4ヵ月後の2004年11月、ついに日本語VOCALOID第一号の「MEIKO」がクリプトン社から発売されました。それまでの3本のVOCALOIDとは違いオリジナルキャラクターのイラストパッケージで売り出されたMEIKOは、その性能の良さや値段の安さもあり、年間で1000本売れればヒットと言われる市場で初年度3000本を売り上げる人気ソフトとなりました。そして一年後の2006年2月にはMEIKOと対になる男声日本語VOCALOID「KAITO」が発売されましたが、こちらは当時男の歌声に需要がなかったためかあまり売れず、出荷で500本という厳しい結果に終わっています。このMEIKOの成功とKAITOの失敗が、後に初音ミクのコンセプトに繋がっていくことになります。
待望の日本語VOCALOID「MEIKO」が発売された事で、自作の曲をVOCALOIDに歌わせて発表する作者も増えていきました。この時期VOCALOID作品の発表の場となったのは、2chVOCALOIDスレの他には、主に「muzie」や「プレイヤーズ王国」といったインディーズ音楽配信サイトでした。作品数も決して少なくはありませんでしたが、これらのサイトはコアなインディーズ音楽ファン以外はあまり訪れないので、VOCALOIDの知名度アップやファン層の大幅な拡大には繋がらなかったようです。
この時期にVOCALOIDオリジナル曲を発表していた作者の中で今も活躍している人としては、ニコニコ動画ではMEIKOマスターとして知られる「shu-t(shu-tP)」さんがいます。shu-tさんはDTM歴の長いベテランで、主にmuzieにおいて女性クリエーター「kaya」さんとユニットを組んで「LOLA」「MIRIAM」「MEIKO」などを使ったVOCALOIDオリジナル曲を発表していました。この「Close My Eyes」もその一曲で、MEIKOを使って2005年5月にmuzieで発表されたオリジナル曲です。今聞いても最高レベルの調教で、当時すでにMEIKOを使いこなしていた事が解ります。
また、発売前に名前が公募されていたクリプトンの男声VOCALOIDに「KAITO」という名前をつけたのもshu-tさんでした。(賞品としてKAITOを貰ったはずですが、作風と合わないためか手放してしまったそうです)
karimono -メロディック妹メタル~妹ライン10/10~-
2006年12月(正式スタートは2007年3月)にスタートした動画投稿サイト「ニコニコ動画」には様々なジャンルの動画が大量に投稿され、その中にはMEIKOを使ったVOCALOID作品も含まれていました。
その中でも最古のVOCALOID(MEIKO)動画が、この「メロディック妹メタル」です。
作者はネット上で人気のあった同人ギタリスト「karimono」さんですが、ニコニコ動画ができるより前に活動を停止していて、この動画はYouTubeにアップされていた同人DVDの映像を別の人が転載したものです。
動画番号「sm6772」という最初期の動画で、色々と深読みできる歌詞と変則的な曲、作者本人によるギター演奏動画も付いた名作ですが、まだ「ボーカロイド」も「演奏してみた」もない時期だったので長く埋もれてしまっていた作品でした。
本人投稿の新作ではなく転載者のコメントに「VOCALOID」となかった事もあり、この動画が後のボーカロイドブームに直接影響を与えるような事はありませんでしたが、ニコニコ動画に最初に投稿されたVOCALOID関連動画として記念碑的な作品と言えます。
この後もニコニコ動画のMEIKO作品は徐々に増えて行き、人気アニメ曲やアイドルマスター曲カバーなどの新作が投稿されるようになると、歌うプログラム「VOCALOID」の存在がニコニコ動画上でも
(一部の間で)知られるようになっていきます。
初年度40000本以上を売り上げる事になる大ヒットVOCALOID「初音ミク」が発売されるのは、これからさらに半年後の事です。
→「名作で見る初音ミクの歴史1」へ続く
最終更新・2010/1/22

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